
蛾の一種のカイコは、家畜化して飼い馴らされていくうちに成虫になっても、翅は退化し飛ぶことができなくなってしまっている。飛ぶ力を失ったカイコの成虫は、天敵から逃れる術を失い、自然のなかでは生きていけない。ニーチェの言葉を捩っていえば、「飛翔できない蛾は滅びる」である。では、家畜化した大衆の運命は?

蛇は脱皮しても変態しないのに対し、蝶は幼虫から脱皮を繰り返し蛹へと変態し、殻に閉じ籠りじっと静止した状態を保った後、脱皮、羽化して蝶へと変態していく。翅を持って空中を自由に飛び廻る蝶の姿は自由を象徴するかのように見える。
ゴッホの『刑務所の中庭』には二匹の蝶がまさに自由を象徴するかのように描かれている。そこは四方をレンガの壁に囲まれたまったくの閉鎖空間である。その狭い閉鎖空間の中、大勢の囚人たちは、輪を成して、下を向き、黙って、歩いている。同じ場所をぐるぐる巡るその運動は、ニヒリズムの具象化といえよう。床に映る囚人たちの影が放射状に床に映っていることからすると、上方だけは開放しているのだろう。その開放されている上方を目指して二匹の蝶が舞い上がっている。二匹の蝶はニヒリズムに囚われた囚人たちの自由への魂の憧れを象徴しているかのようにもみえはしないだろうか。



ゴッホ『刑務所の中庭』
