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高村光太郎『油蝉』
(「高村光太郎彫刻全作品集」 六耀社より)

 光太郎遺愛の自作の油蝉の彫刻。手沢の着いたこの作品を詠んで、「ひつそりと翼をさめてゐる蝉のつばさ手ずれてやや光たる」と詠っている。







余談

 詩人高村光太郎は蝉の彫刻や短歌をいくつか残している。

短歌「ぢりぢりときしる蟬の音すみゆけば耳にきこえずただ空に満つ」(大正13年)

  空に満ちたその蝉の澄んだ音は、耳にきこえずとも心には響き聞こえたのだろう。そして、ぢりぢりときしる心もまた、その音に澄み果てていったにちがいない


一遍聖絵:

11巻第1

一遍はその死期が切迫していた正応27月淡路の二宮で、

「名にかなふこゝろはにしにうつせみのもぬけはてたる声そすゝしき、と詠っている。

無心に南無阿弥陀仏を称えて、心は名号そのものになって浄土に移ってしまっている。今聞こえているのは、心はすでに浄土に移ってしまっている空蝉の声である。その声のなんと涼しいことであろうかと、詠っているのである。蝉の賑やかな声は一遍には「南無阿弥陀仏」を打ちあげ打ちあげ称える声のように聞こえ、一遍は「すゝしき」と詠ったのであった。「南無阿弥陀仏」との空蝉の声を聞けば、一遍の心にも「南無阿弥陀仏」と浮かび、その口からおのずと「南無阿弥陀仏」の声が跳び出してきたことであろう。口だけで称えるのみならず、さらに体全体がおのずと「南無阿弥陀仏」と踊り出したにちがいない。『一遍聖絵』には二宮の檜皮葺入母屋造りの社殿の前庭に急ごしらえの踊り屋を建て一遍一同が踊り念仏を踊っているところが描かれている。これが、一遍が生前に踊った最後の踊り念仏であったにちがいない。

その際、一遍はこの「名にかなふ……」の歌を札に書いて社殿の正面にうちつけておいたという。そして一遍の死後『一遍聖絵』の編者聖戒がここを訪れた時それはなお残っていたと、聖戒は、在りし日の一遍を懐かしみ、記している。

 成虫に変態した蝶はひらひら声を出さずただ黙って飛び廻っているだけであるが、昆虫の中には成虫へと変態すると盛んに鳴き声をあげるものもいる。その代表例が蝉である。西洋の人々には蝉の鳴き声はただノイズにしか聞こえないといわれているが、日本では古来蝉の鳴き声に無常を感じるなど、繊細な感性でもって感受されてきた。その優れた例として、芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」という句を挙げることができよう。普通なら蝉の声はただうるさく感じるだけである。しかし、時雨の雨水が岩に降り注いでも、岩の表面を濡らすだけだが、いま岩に降り注ぐ蝉時雨の声は、蝉の声以外に何の音もしない静寂のなか、じんわりと岩のなかにしみ入っていくようであるというのである。賑やかな蝉の声を聞いて、静寂を心にしみ入るように感受したということであろう。
一遍の蝉