
ニーチェは、処女作『悲劇の誕生』のなかでギリシア悲劇の誕生の根底には古代ギリシア人のペシミスティクな世界観があったと主張した。そのペシミスティクな世界観を物語るものとしてニーチェは次のような古代ギリシアの民間説話を紹介している。
所伝によればプリュギアの王ミダス王は森の精シレノスを捕らえようと追い回し、ついに捕らえることができた。王はそのシレノスに人間にとって最善のことは何かと尋ねた。これに対してシレノスは答えた。「蜉蝣のような惨めな儚きものどもよ、偶然と辛苦の子どもたちよ。何とてお前たちが聞かぬことがお前たちにとってためになることを私に強いてお前たちに語らせようとするのか? 最善はまったく叶わぬことだ、すなわち生まれぬことだ、存在せぬこと、無であることだ。だがお前たちにとって次善はーーー速やかに死ぬことだ」(『悲劇の誕生』第3節)と。
シレノスはギリシア神話でディオニュソス神の従者とされる。ディオニュソス神は自然の生産力を象徴する豊饒の神であり、葡萄、葡萄酒の神である。その祝祭では信者たちは歓喜に満たされてエクスタシー状態に陥って熱狂乱舞したという。ニーチェは『悲劇の誕生』ではこのディオニュソス神に生の根源的意志(後に「力への意志」と術語化した)の具現を見たのであった。
それによれば、意志はすべて何ものかへの意志であり、個々の意志はすべて目的を持っている。しかし、個々の意志の総体としての生の根源的意志には最終的目的はない。生の終わりと言えばそれは死であるが、しかし私たちは死ぬために生きているのではないのである。最終的目的のないまま躍動する生の根源的意志の活動は寄せては返す波の運動に譬えることもできるだろう(『悦ばしき学問』第310番を参照せよ)。見方によっては、その波の泡立ちのなかから偶然に生まれた私たち個々の生は、偶然の波に翻弄されながらただ虚しく生きているかのようにみえるかもしれない。目的があって、そのための辛苦であるなら、たとえそれがどれほど大きかろうとも私たちはそれに耐えることができるだろう。しかし、目的のない、果てしない辛苦、苦悩に私たちは耐えることは難しい。その場合、私たちは生き地獄で生きているということになるかもしれない。シレノスの言うように、生まれてこなかったほうがよかったということになるかもしれない。しかし私たちはすでに生まれてきてしまっているということは如何ともしがたい。
そこで、シレノスは速やかに死ぬようにと勧めるのであった。シレノスの言葉は人をして生きる気力を阻喪せしめかねない。シレノスの語った自殺的ニヒリズムを超克するために、ヴェールをかけて人間の生のおぞましい根源を覆い隠す必要があった。このヴェールがニーチェにしたがえばオリュンポスの神々であった。ニーチェは言う、「生きるうるためにはギリシア人たちはこれらの神々(オリュンポスの神々)を最も深いところからの必要性に迫られて創造せざるをえなかった。」(『悲劇の誕生』第3節)と。
アポロンをはじめとするオリュンポスの神々は、人間とは異なり不死でありながらも、怒ったり、嫉妬したり、争ったり、愛し合ったり、極めて人間的な生を生きている。この不死なるオリュンポスの神々の世界において人間の生は栄光の光に包まれ示されることになる。してみれば、オリュンポスの神々の世界は単に人間の生のおぞましい根源を隠すヴェールというより、むしろ「(人間の生を)変容せしめる鏡」というべきかもしれない。オリュンポスの神々の栄光の光のもとでは人間の生は生きるに値するかのように見える。いまや、生存からの離別、なかんずく生存からの早すぎる離別が人間たちの悩みとなる。そこでシレノスの言とは逆に、人間たちにとって最悪のことは、まもなく死ぬことであり、その次に悪いことは総じていつかは死ぬことであるということになる。オリュンポスの神々、とくにアポロンの輝きのもとでは、「たとえ日雇いにその身をやつしても生き延びようとしたとしても偉大な英雄の品格にもとるものではないのである。」と、ニーチェは言う(『悲劇の誕生』第3節)。

このような英雄の生き様の典型的な例をホメロスの叙事詩に登場する英雄にみいだすことができると、ニーチェは言っている。
その典型的な例を私たちは、長く困難な航海の末に乞食に変装して故郷に帰還したオデュッセウスに見ることができるだろう。

ニーチェのペシミズムの超克について詳しくは下記の本を参照されたい。
圓増治之著 『ニーチェ……解放されたプロメテウス……』(1990年刊、現在は、講談社学芸アーカイブ、創文社オンデマンド叢書に所収され ている。『ニーチェ ……解放されたプロメテウス』– 講談社学芸アーカイブ)