

『一遍聖絵』第七巻第三段
一遍は単に念仏を口でもって「南無阿弥陀仏」を称えるだけにとどまらず、一遍とその弟子の時衆たちは、踊り屋の上で、手でもって鉦鼓を打ち鳴らし、足でもって床を踏み鳴らし、身体を激しく揺って、踊り念仏を踊り、全身でもって念仏を称え、踊ったのであった。身心を放下し、「南無阿弥陀仏」を称え、踊り念仏を踊っている時、もはや我も我にあらず、「南無阿弥陀仏」と独一となり、大いに歓喜して踊っている、といえよう。あるいは、「南無阿弥陀仏」が大いに歓喜して「南無阿弥陀仏」を踊っている、と言ってもいいかもしれない。その歓喜は「南無阿弥陀仏」の自受用の歓喜ともいえるだろう。しかし、その歓喜の渦に巻き込まれていったのは、踊り屋の上で踊り回る一遍と時衆たちだけにとどまらない。やがて踊り屋の周りで見物する人たちも巻き込んでいったにちがいない。
「南無阿弥陀仏」が踊躍する処、自力他力を絶する「南無阿弥陀仏」の絶対的力が威を揮い、周囲の人々を、長幼、男女、善悪、定散の別を問わず、等しく「南無阿弥陀仏」の渦に巻き込み、自受用の遊戯三昧の境地へ導いていく。「念仏これやすし」と述べられているように、禅語のような難解な言葉を解する必要もないし、面壁九年といった難行の必要もない。「念仏」は長幼、男女、を問わず、誰でもが行い得る易行である。「踊り念仏」は、易行であるにも拘らず、踊っている者自身に念仏三昧の歓喜を享受せしむるのみならず、同時に周囲の人たちにも、長幼、男女、貴賤、賢愚を問わず、享受せしむる「他受用」の勝れた働きもあったのであった。『一遍聖絵』第7巻京都市屋での踊り念仏の場面では足が不自由で立って歩くことができず、手で下駄をもち四つ這いで必死になって踊り屋に向かう乞食が描かれている。彼らこそ最も救いを必要としている者たちであろう。そして、すでに踊り屋にたどり着いて、床下で、踊り念仏の「南無阿弥陀仏」を聞いている乞食もいる。踏み鳴らされる床の響きで「南無阿弥陀仏」を体全体でもって聞くことで、踊り念仏の歓喜を最も能く享受できたにちがいない。
このように自受用にして且つ他受用の遊戯三昧の境地を開く踊り念仏こそ、まさに大乗遊戯の踊りといっていいだろう。
一遍については、『一遍会』のホームページhttp://home.e-catv.ne.jp/miyoshik/ippen/reikai.htmを参照いただきたい。
